バイクと私 そしてリターン

バイクと私 そしてリターン ライダーズナビ

一度はバイクを降りた私が50歳を迎えた頃、心の中に眠っていたバイクへの情熱が再び燃え上がりました。大型自動二輪免許を取得し、リターンライダーとして新たな旅が始まったのです。

風を感じ、自由に走る喜びを味わっていたあの頃。私のバイクライフの原点であるその出会いから、リターンし現在に至るまでの道のりをバイクの思い出と共に綴っていきます。

バイクとの出会い

初めてバイクを意識したのは小学校5年生の頃だったと思います。友達の家に遊びに行ったとき、ガレージに大きなバイクが停めてありました。友達のお兄さんのホンダCBX400Fでした。

新設計DOHC・16バルブ・4気筒(マルチ)エンジン搭載 世界初のインボード・ベンチレーテッドディスク・ブレーキシステムなど 数々の新技術を採用した自動2輪車「ホンダ スーパースポーツCBX400F」を発売 | Honda 企業情報サイト
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「なんだこのでかいのは!」

小学生の私には衝撃でした。それからバイクについて調べました。今と違ってインターネットもないため、情報は本や雑誌、町中を走るバイク、そしてレッドバロンの折り込みチラシくらいしかありませんでした。あの分厚い月刊オートバイを買っては端から端まで読んでました(半分くらい広告なんですけど🤣)。

その後友達のお兄さんはヤマハRZ350に乗り換えました。2ストローク車、ナナハンキラー。影響を受けたのは言うまでもありません。

ヤマハ (YAMAHA) RZ350
RZ250の爆発的なヒットに続き、1981年2月に登場したのがRZ350だった。RZ250とは主要コンポーネントを共通としていたが、54ミリだったRZ250のシリンダーボアを10ミリ拡大し(ストロークは54ミリで共通)、347ccの排気量を...

中学生になってからもバイクへの情熱は衰えることなく、乗れるわけでもないのに友達と語り合いました。ついには鈴鹿サーキットまで行って8時間耐久レースを観戦するなど、少しでもバイクを感じようとしていました。安い一眼レフを買ってレースの写真を取ったり、グッズやポスターを買ったり。

初めてのバイク

16歳になり、その夏に原付免許を取りに行きました。選択式の試験に合格すれば公道でバイクに乗れてしまうという、今考えればなんとも恐ろしいことでしょう。当時は早くバイクに乗りたかったので、乗ったことのないバイクにかなりの自信を持っていました。

ある日、父がバイクを買ってきました。近くの自転車屋で買ってきたのだと思います。車種は「スズキランディー」

SUZUKI DIGITAL LIBRARY|二輪車

なんでこれなのか?高校生の私は結構がっかりしました。おばさんが乗るバイクじゃんってカタチ。これ以降スズキのバイクには乗っていません。

とはいえこのバイクしかないので、ランディーに乗って友達とツーリングに行きました。友達は、ホンダMBX50F、ヤマハボクスン。文句言いながらも楽しい日々でした。

水冷・2サイクルエンジン搭載のロードスポーツバイク「ホンダMBX50F」を発売 | Honda 企業情報サイト
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全盛期

高校生の時に中古で買ったのがホンダVT250Fで、非常に優秀なバイクでした。

高校の先輩と、漫画「BE FREE!」の2つの影響を受けて、漫画通りの黒赤を探しました。マフラーはモリワキに交換していたのですが、どうやって手に入れたか思い出せません。いい音がしていました。

スポーツバイク「ホンダ・VT250F」の出力・トルクなど総合性能を一段と向上させ発売 | Honda 企業情報サイト
本田技研工業の広報発表ニュース - 本田技研工業(株)は、昭和57年6月発売以来、幅広いユーザー層に受け入れられ、好評を得ているスリムで取り回しの良いスポーツバイク「ホンダ・VT250F」の出力・トルクなど総合性能を一段と向上させ2月11日...

大学生の頃は通学使用していました。サークルの帰りに先輩たちと晩ごはんを食べに行くのもバイクで。行きつけの喫茶店のマスター主催のツーリングに、先輩や同期たちとともに出かけることもありました。日本海まで行ったり、隣町の美味しいうどん屋まで行ったり。

Vツインの片肺死亡

大学生だったある日、帰省途中の高速道路でエンジンにトラブルが発生。アクセルをひねってもスピードが出ず、どうなるんだこれ?と思いながらも、60キロくらいでなんとか自宅に帰った記憶があります。その後、バイク屋で見てもらったところ、V型エンジンの後ろ側が故障との判断、廃車となってしまいました。冷却水がうまく回っていないために故障したようで、V型エンジンを前後に配置した場合、後ろ側が冷却されにくいことがあるとの説明でした。ちゃんと手入れしていなかったので自業自得ですが、大切にしていたバイクだけに残念な最後でした。

バイクのない時期

VT250Fが廃車になってからしばらくバイクのない時期がありました。大げさでなく、心にぽっかり穴が空く感覚を実感しました。

そんな中、私の心を埋めてくれたのがツーリング雑誌「OUTRIDER」でした。美しい写真とおしゃれな文章を何度も読み返しながら、バイクでどこにも行けない私は雑誌の中で旅をしました。

雑誌とともに心の隙間を埋めてくれたのが、先輩から譲り受けたホンダモンキーRでした。近所を走るのには何ら問題ないのですが、小柄な車体に低いハンドルのこのバイクは、いつしか台所のオブジェとなっていきました。

スポーティ感覚あふれる50ccレジャーバイク「ホンダ・モンキーR」を発売 | Honda 企業情報サイト
本田技研工業の広報発表ニュース - 本田技研工業(株)は、昭和42年発売以来、小柄でキュートなスタイルと使い勝手の良さで、幅広いユーザー層に好評を得ている50ccレジャーバイク「ホンダ・モンキー」に、スポーティな装備と走り味が楽しめる「ホン...

再びバイクのある生活

しばらくしてカワサキZEPHYRを購入しました。

カワサキ (KAWASAKI) ゼファー400 | ZEPHYR
1989年4月に発売された、ゼファー。400ccの空冷4気筒DOHC2バルブエンジンを、オーソドックスなネイキッドスタイルにまとめたシャシーに搭載した、ごく普通のバイク。・・・後の世から見れば、そんな感想を持つかもしれないが、80年代後半は...

でも、なんであんなヤンキー車になってしまったんでしょう。私はマフラーをヨシムラに交換する以外はさほど改造もせず、もちろんヤン車でもないです。基本ノーマルのデザインが好きなので、イメージを変えてしまうような改造は考えませんでした。ちゃんとフルフェイスヘルメットを被って、グローブをはめて乗ってましたから。

四国ツーリング

仲が良かったツーリングメンバー5人で、四国ツーリングに行ったりもしました。本州から四国に行くのに瀬戸大橋がありますが、学生の私達には高くて使えないので、宇高フェリーで行ったのを覚えています。下船のときに甲板が濡れているから気をつけないと、と言った矢先に先輩がすっ転んでたなぁ。

1回目は高松から高知、足摺岬、メロディーラインのある佐多岬、そして松山から高松まで四国の西側と時計回りで走るルートでした。1日目の宿泊は足摺岬の直ぐ側の旅館で、日の出時間に合わせて岬に行きご来光を見たのが思い出です。

その後佐多岬へ向かったのですが、それまで調子の悪かった先輩のホンダNSR250Rがメロディーラインに入った途端、エンジンが完全回復して、渦巻き状に白煙を吐きながらぶっ飛んでいきました。サザンの希望の轍が好きな先輩で、ずっとメロディーラインを走りたいと言っていたのですが、まさかここで奇跡が起きるとは。とはいえ、希望の轍のメロディーラインは関係ないと思いますけど。
帰りの高速では、みんなでぶっ飛ばしたなぁ。

2回目は同じく高松から高知に行き、室戸岬へ進む四国東側を反時計回りで進む予定でした。実はこちらはツーリングが完了せず終わったのです。それは、1日目の宿泊先である室戸岬で私のカワサキZEPHYRが盗難にあってしまったため。あれはびっくりしましたよ。旅館の駐車場の一番奥に止めて、他のバイクが出口をふさいでいる状態だったのですが、それを避けて盗んでいったようです。もう唖然とするだけ。ツーリングはそこで終了。警察に盗難届を出し、落ち込む私は先輩のバイクの後ろに乗り高知駅まで送ってもらい、特急南風に乗って変えることとなりました。ヘルメットを持って電車に乗るのはなんとも恥ずかしいものでした。

その後、何週間か経って高知警察からバイクが見つかったとの連絡がありました。引取するのにトラックを借りて友達2人と一緒に取りに行きました。サークルが終わった多分21時頃、3人で食事に行って、1人は一緒に取りに行ってくれる約束をしていたのですが、もう1人はその場で誘うと付いてくると。その夜のうちに出発し夜明け頃高知に到着。バイクが見つかったのはいいのですが、見るも無惨な姿に。ミラー、シート、マフラーがない状態で出てきませんでした。売られたのでしょう。しかしそこは良いように考える性格の私、「ミラーはZEPHYR750のに交換しよう」「マフラーはヨシムラにしよう」としっかりカスタムしました。

しかしこれがきっかけで、人気者に乗ることの大変さを理解しました。他の人からすれば、妬み嫉みの目で見られるのです。だから派手な改造や走り方はせず、自宅で保管するのもカバーを掛けてU字ロックをしてと気をつけるようになりました。

九州ツーリング

ある夏休みにはソロで九州一周ツーリングに出ました。バイトでお金をためて、お金が尽きるまで走ると決めて出発しました。

九州ツーリングにもU字ロックを持って行きました。荷物の下に敷き、バッグが崩れるのを防止する役目も担ってくれました。

リターンした今でも、泊まりのツーリングにはバイクカバーとU字ロックを持って行くようにしています。ホテルの部屋からバイクが確認できたら最高。

バイクを降りる

結婚をしたころからバイクに乗る機会も気分も減っていき、バイクは実家に預けっぱなしになり、次第にバイクと距離を置くようになりました。そしてバイクを降りる日を迎えたのです。

通勤用として復活

小学生の子供を送り出してから最速で出勤するために、自動車通勤からバイク通勤に変更しました。渋滞をもろともしないバイクは、通勤時間を格段に短縮してくれました。

ヤマハ グランドAXIS100
最初で最後2ストバイク。ヤマハへのあこがれを埋めてくれたバイク。

ヤマハ (YAMAHA) グランドアクシス100 | GRAND AXIS100
1998年9月に発売されたグランドアクシス100(YA100)は、101ccの空冷2ストロークエンジンを搭載した原付2種スクーターだった。同時期のヤマハには、同じクラスにジョグ90が存在したが、ジョグ90が50cc版と同じボディにパワフルな...

ヤマハ マジュスティ125
通勤用でさらにパワーと快適性を求めてグランドアクシスから乗り換え。マフラーをヨシムラに変更。

ヤマハ (YAMAHA) マジェスティ125 | MAJESTY 125
1997年のパリショー(フランス)で、1998年からの欧州販売がアナウンスされたマジェスティ125(YP125)。欧州向けモデルはヤマハのスペイン工場で生産されたが、日本市場に流入していたマジェスティ125は、台湾ヤマハによるモデルだった。...

その後通勤で使用する必要がなくなり、またバイクと距離を置くようになりました。自賠責保険が切れたタイミングで売却することになりました。

「通勤のためにバイクに乗る」で復活したので、後ろ髪を惹かれながらもこれ以上バイクに乗ることはありませんでした。

転機

50歳。人生も折り返し地点を過ぎると、これからの人生について考える時間も増えてきました。そんな中、私は新たな目標を立てました。それが、大型二輪免許の取得でした。バイクを降りたあともバイクに乗りたいという気持ちは心の奥の方にありました。私を奮い立たせたのには「3つの存在」があります。

街で見かけるバイクとライダーの存在

街中では年上の方や小柄な方がバイクに乗っている姿をよく見かけました。気になるからよく見ていたのかもしれません。さっそうと街中を走る彼らを目で追うのは楽しくもあり、羨ましくもあり。彼らができているのですから、私もまたバイクに乗れるのではないかと考えるようになりました。

息子の存在

息子が大学生になり、バイクの免許を取りたいと話すようになりました。息子に負けてられない!そんなライバル心がメラメラと再び燃え上がってきたのです。

父の存在

40代も終わる頃、父が亡くなりました。父の死にも影響を受けています。
仕事に夢中で精一杯生きた父。しかし、いつか人生は終わる日がやってきます。
人はいずれ老い、そして死を迎えます。

「生きている間にやりたいことをやろう」と。

生きていることをより実感するために、再びバイクに情熱を注ぐことを決めました。

大型自動二輪免許取得、そしてW800購入

50歳にして一念発起、大型自動二輪免許を取得することにしました。免許取得までの体験談は「50代で大型自動二輪免許を取りたい」をご覧ください。

50代で大型自動二輪免許を取りたい!!
「50代で大型自動二輪免許を取りたい!!」の記事一覧です。

ZEPHYRを降りてからもなお、カワサキへの憧れが薄らぐことはありませんでした。

同じくカワサキ4気筒の流れを次ぐZ900RSに心を奪われることもありました。しかし先般の人気車種ゆえの災難もあったことで、勝るとも劣らない歴史とプライドのあるW800を購入することになりました。

みなさんへ ともに挑戦しましょう

50代、お金の心配はつきませんが少しずつ自由な時間も増える年代です。体力に自信があるわけではないですが、人生は一度きり。折り返し地点を過ぎた今、やりたいことを実現せずに終わるよりも、挑戦してから終わりたいと思っています。

全ての方にバイクの免許を取ってバイクに乗ってほしいとはいいませんが、

✅ 昔していたことに再挑戦する
✅ 昔できなかったことに挑戦する
✅ なにか新しいこと挑戦する

そんな年代がやってきたと思っています。

元気なうちにやりたいことを思い切り楽しもう!
生きている間にやりたいことを実現させよう!

「後悔する時間」を「挑戦する時間」に変えていければ、更に楽しい人生にできると信じています。

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